【開戦時における帝国の戦略】
日本の対米英蘭に対する開戦の目的は先にお話ししたとおり、その第1は、日本の自存自衛を全うすること、すなわち、わが国の政治経済軍備上絶対必要である南方油田地帯の確保であります。
したがって、この目的を達成するために、いかなる戦略をもって対米英戦争を遂行するかは、燃料戦備担当者としては最大の関心事であります。
ご存じのとおり、相手のアメリカは太平洋遥か彼方にあり、支那と同じ広大な国土を有し、首都ワシントンは大西洋に面しています。このような世界の大国を相手に経済的、軍事的小国日本が戦うわけですから、絶対に勝つことはできません。したがって、守勢を固め、戦を進めながら講和の好機をつかむ以外に方途はないのであります。したがって、開戦にあたり、帝国の対米英蘭に対する戦略は概ね次のとおりでありました。
1.
わが帝国の生命線というべき南方資源地帯は可及的早期にこれを占
領確保する。
2.
フィリピン、蘭領印度支那諸島、仏領印度支那、ビルマ東部(援蒋ル
ート)を制圧、これを確保する。
3.
太平洋方面についてはラボール及びマーシャル群島を東方限度とし、
北はアリューシャン列島を制覇し、これらを確保する。
以上のとおり、いわゆる持久作戦態勢を確立し講和の好機を得るという戦略でありました。この内、陸海軍間で激しい論争の的となったのはラボール問題でありました。
すなわち、陸軍の主張はラボールを最前線とすることは、余りにも遠隔の地であり、これを守備するためには、膨大な補給貨物舶、タンカーを必要とし、帝国の戦力を著しく消耗し危険である。したがって、トラック諸島を東方限度とし、トラックをはじめ、トラック以西の太平洋諸島を強力な航空基地とし、敵の来襲を阻止し、不敗の持久態勢を確立すべきであると主張します。しかし、海軍はラボールを東方限度とすべき旨、頑固に主張しますので、最終的にはラボールを東方限度とする旨、帝国の戦略として決定されました。思うに海軍は、日露戦争以来、海戦を重視し、補給問題をいささか軽視したきらいがあります。
後でお話ししますが、その後海軍はラボールを東方限度とせず、陸軍と協議することなく、ラボールよりも更に南東約600浬(東京―屋久島の距離)もある「ガダルカナル島」に進出、激しい消耗戦を繰り返します。すなわち、昭和の海軍は、燃料、軍需品等の補給問題を軽視する傾向があったように思われます。
いずれにしても、「帝国の戦略」は南方資源地帯を確保し、不敗の持久体勢を確立し、講和の好機をつかむことでありました。