・    西成国際連邦     ・


・    ヤペトウス国王 執務室     ・

 「どうだフェーペ、その後の日本のエリートたちの働きは?だいぶんわが国に馴染んできておるか?」
 「は、ご安心下さいませ。今のところ全員が改心したようで、それぞれの部署でかなりの働きをしております。しかしなぜあのクラスの人材を放っておいたのか、日本政府の判断を疑うほどです。」
 「ほう、それほどのレベルなのか?」
 「おそらく、原子力においては3年後には世界中からわが国に技術供与の申し出があるはずですし、橋梁関係の建設技術に関しては世界的水準に達するのにそう時間はかかりません。」
 「そうか、原子力はこれからのエネルギーだから、そのことは非常に意味のあることだ。その他はどうだ?」
 「地質学、特に地震に関しては北川という青年がこの国に入った瞬間にすでに世界一でしょう、物理学においては例えて言えばアインシュタインがやってきたと考えてよいでしょう。富士という男の理論は卓抜しているとヒペリオン国立大学のダイモス博士は常々言っております。」
 「そのアインシュタインはなぜ日本の学会を去ったのか?」
 「彼のもつ新相対性理論が日本のなかの派閥で受け入れられなかったそうで、彼の支持者はわずか1名しかいなかったそうです。しかもその1名が例のインコ教団の幹部でNTT通信システム破壊事件の首謀者だったそうです。あのシステムを破壊するには彼の理論がかなり利用されていたはずですから、相当ショックだったそうです。非常にまじめな部下だったそうですが、宗教というものはそこまで人間を変えるものか、となげいておりました。」
 「一週間ほど、日本と通信できなかったあの事件か・・・それはそうと一人元気のいいのがいたな何といったか」
 「テリー本間の事でしょう?彼は使えますよ、『日本のランボー』といえば国王もご存じの事と思いますが。わずか彼一人に100名の兵がひっかき回されたのですから。しかししょせんは元傭兵です、つまり金によってどの軍にも所属してきた奴なので多分ポリシーは持ち合わせていないでしょう。」
 「しかしいずれにしても不遇な連中たちだ、彼らの能力の高さは分かったが肝心なわが国に対しての忠誠心のほうはどうだ?」
 「わたしもそれが一番心配だったんですが、ご安心下さい、日を重ねるに従って従順になってきてるようですから。まあ彼らも人間ですので非常識な報酬と待遇を与えてる限りは時間の問題でしょう。」
 「よしわかった、とにかく時間はいくらかかってもよいから彼らをうまく使って強い国家に仕立て上げてくれるよう、よろしく頼む。」
 「心得ております。」

・    首都ウラノスにて     ・

 建築家相原とコンピュータ技師東野は、西成での飲み友達であった。2人のアルコール好きは地区でも有名であった。
 この日は2人の仕事が早く終わり、一杯飲む約束をしていた。
 場所はウラノス一番の繁華街、フォボス通りのバー「ネプチューン」であった。  南国らしく行き交う人々は、すべて軽装で明るい性格であり言語さえ気にしなければまるでハワイかどこかの観光地に来ているようであった。
 先に相原がカウンターに座って待っていた。
 どこに移動する時でも目立つ運転手つきのリムジンに乗ってであった。
 この国の国民所得は低く、車を持つ人自体少ない中、大きなリムジンはけっこう人目を引いたし羨望の眼で見られるには十分であった。
 リムジンから降りた相原に高級コールガール達が群がったが、彼は10000ペリオン札を彼女達に呉れてやり、驚く彼女たちに目もくれずに、約束のバー「ネプチューン」へと入って行った。
 「ネプチューン」のマスターは、日本の占領中に幼少時代を過ごしたのでかなり日本語が話せるので重宝したのである。
 いつも占領時の今村均陸軍中将のほめ言葉ばかり口にしていた。今村中将は太平洋戦争中、唯一日本の占領将校の中で現地住民を率先して大事にした有名な人物である。
 「ゲネラル今村はよく視察と称して私のいた国民学校に来ては、ケン玉をしてくれたりスモウをしてくれたりしてそれは親切な将軍でしたよ。」と例によってマスターのの昔話が始まった。
 30分ほど遅れて東野が入って来た。
 「ヒデさん、スマン、コンピュータのバグ直しにえらい手間どったんや。」
 「かまへん、かまへんみんなお国のため、がんばっとんや。」
 相原が日本の焼酎を片手に笑いながら答えた。
 「なあ、ヒデさん今の生活、どない思う?ホンマの話してくれや。」
 東野のグラスに焼酎を注ぎながら相原が尋ねた
 「うーん、さっきもホテルウラノス行って来たけど、ほとんどみんな日本へ帰るつもりあらへんで、まあゆうてみたら龍宮城に来た気分やなあ。そら無理もないけど・・・」
 相原は仕事がら、建設関係に従事していた人夫たちが200名の中に多数いるので彼らの中ではオピニオンリーダー的存在であった。
 西成地区の人夫たちの多くは1970年の大阪万博の時に日本各地から出稼ぎに来て、そのまま居着いた者がほとんどであったのだ。
 また彼は元来、兄貴分的な性格のため全員が気取らないエリートの相原に対して好感をもっていたのだ。相原はいつも彼らのよき相談相手になっていた。
 「200名みんなの意志を無視して、反乱を起こす事がはたしていいのか悪いのか、判断に迷うところやなあ。連中は機会さえ与えたらええ仕事しよるんやけどなあ・・・ところでトンさんはどない考えとるんや?」
 「ワシの分野では、相手が機械やさかい、人数はそないいらんのや。せやけどこの国にも日本に負けへんだけの頭脳が育つまでにそう時間はかからへんでえ、もっともワシの講義次第やけどもなあ、とにかくここの連中はまるでスポンジが水を吸い込むようによう勉強しよる、感心するわ。明日から国立大学の講義を受け持つ予定や。今に日本の技術者以上の若者がゴロゴロ育ようになるやろう。」


 同じころ少し離れたホテルウラノスの最上階ラウンジでは、医者の前島と物理学者富士がブランデーをくゆらしていた。
   「ドクター、下の連中の健康状態はどないやった?」
 「いや、ドヤ街にいる時とは比べものにならないほど健康やったわ。そらこんだけの豪華なところに住んで3食きっちりええメシ食っとるんやから当たり前やけどな。多少運動不足気味なのが気になった程度や。ワシが心配しとったんは連中がホームシックにかかってへんかどうかやったけど、家族持ちのリキとサブさん以外は全く心配なかったわ。取り越し苦労やったわ。逆にみんなに言われたで、頼むから謀反だけははせんといてくれと。どない思う?」
 「うーん、ホンチャンの意見をとるか、200名の意見をとるか微妙なところやなあ。しかしわれわれ9名がいなくなれば、あの200名も豪華な生活とは一瞬にしておさらばやからなあ・・・」
 「しかしフェーペのおっさんもうまい事考えたなあ、200名が鍵になってわれわれの働きを約束させられてるんや。しかしミスター、仕事の内容はどないやねん?」
 「最初に想像してた以上に、科学レベルは発達しとるわ。特に国立物理研究所のダイモスゆう博士は親日派やし十分その理論は日本でも通用するオッサンや。ドクターの方はどないや?」
 「まだまだ医学的なレベルは低いが、少なくとも医学に携わる人間が最低必要な医学の倫理というものは心得とるわ・・・」
 前島はグラスを透かして見ながら、日本でのいやな過去を思い出した。

・    脳外科医 前島     ・

 1983年、大阪市内 ムラサキ十字本社
 「ちょっと、前島先生!困ります。どこへ行かれるんですか?」
 「販売部長を出せ、今すぐや!」
 「ちょっと待って下さい、そこは部外者立ち入り禁止です。」
 「オイお前ら、正気か!こんな熱処理されていない輸入血剤を本当に患者に投与してるのか?部長、コラ、なんとか言え!」
 「ええ、先生、今のところ大きなトラブルの報告はないし、まあ言ってみればうちのドル箱ですわ。」
 「なんやと?厚生省にはどない報告しとるんや?」
 「先生落ち着いて下さい。そんな大声出されなくても聞こえております、逆にその厚生省からは許可が出てるんですよ。」
 「なんやと?お前らはプロの薬屋やろが、そんなことして患者の将来を考えた事があるんか?もしもだ、エイズとかその他、今わかってない病気が発病したらどないするんや!部長、あんたの子供がその薬を打たれたことを考えてみい!国民はみんな厚生省と薬品会社を信頼してるんやぞ!これはもう会社ぐるみの殺人やぞ!わしの専門は脳外科や、いっぺんお前等の頭かち割って脳味噌の検査したるわ!」
 「そんな目くじらたてるほどの問題じゃあないでしょう」
 「こんだけ言うてもまだわからんのか?お前等、全員死ね!アホ!」
 その後前島は独断で厚生省まで談判に赴いたが、結果は惨憺たるものであった。臨床実験の結果、「発病の懸念なし」という事と都内の医科大学教授のお墨付きをもらっているから大丈夫との意見であった。
 帰りの新幹線の中、隣に母親と並んで座っている子供を見ながら前島は思った。
 「この国は終わりや、国民はなんも知らんと医者と薬屋と厚生省を信用してなんのことはない連中のええモルモットにされとる・・・あまりにも哀れや。」そっと子供の頭をなでた。
 前島は次の日からメスを持つことはなかった。
 グラスをボーッと見つめていた前島に富士は言った。
 「ところでホンチャンはおとなしゅう仕事しとんやろかなあ、一番心配やわ。」
 「あ、ああ、本人も大石蔵之助決め込むゆうとったから大丈夫やろう。」
 その頃本間は、陸軍演習所で訓練生相手に夜間演習をやっていた。ナイフだけで夜間に相手にいかに肉薄して敵の中枢をマヒさせるかという項目であった。
 闇夜の行動は本間のもっとも得意とするところであった。
 「ミスター本間、どうすればそんな簡単に相手の居場所がわかるんですか?」
 「勘や、戦闘は全て勘や。これを養うには実戦しかないんや、終わったらお前等に日本の葉隠れの精神教えたる『武士道とは死ぬ事と見付けたり』ちゅうやつや。」
 本間の豪放磊落な性格はすべての兵士から好感を持たれた。
 兵士として超一流の腕を持つ本間が傭兵をやめたのには理由があった。

・    傭兵 本間照彦     ・

 1988年 ウガンダ
 本間に与えられた作戦内容は政府軍のたてこもる村の通信設備をおさえた後の人質になっている味方の救出であった。
 闇夜の作戦で、本間はナイフを口にくわえて建物の侵入にやすやすと成功した。
 フェンスをよじ登り地雷原を突破してそこにたどり着くまでにすでに5人の歩哨ののどをかき切っていた。もちろん音は立てない。
 建物の2階の廊下を匍匐前進で進んでいる時、ふいに背後で足音がした。
 本間は振り向きざまに本能的に背後にナイフを投げ付けた。
 ドサッと人が崩れる音がしたのを確認して、通信室に入り無線器の電源と機械を破壊した。
 次に人質の救出に向かうため戻る時にさっき倒した兵士の胸からナイフを引き抜こうとした時にそれが兵士ではなく10才ほどのあどけない黒人の少女である事に気付いた。
 宿直の兵士に水と食料を持って来ていたのであった。倒れた少女のまわりの水差しと果物が散乱していた光景を目にして本間は愕然とした。
 「悪かった・・・オレは今まで何人も人を殺してきたが、兵士以外の人間を殺ったのは今回が初めてだ。生まれて初めて人殺しの罪の意識を感じる・・」
    傭兵のならわしで自分の膝を打ちぬこうとしたが、どうしても本間にはそれが出来なかった。


 一方北川は秘書のテティスをつれてウラノスのディスコ「ベガ」に来ていた
 彼の今日の仕事は次の海底油田の探査であった。
 探査の結果、この国はまさにどこを掘っても油がでてくる、まさに油の上に浮いているような国家だということがわかった。
 一仕事終えて、軽快なリズムに体をゆだねて彼女と踊っていると日本の事を全て忘却できなにもかもがすべて心地よかった。
 彼は天才によくあるタイプで自分の能力の高さをさほど評価していなかったし年も若かったので政治の事や社会全体の構図を読み取る事はほかの者と比べてさほど興味がなかったのである。
   異国の地とはいえ、金と地位を手にして彼はこのままの生活が崩れる事に逆に否定的になっていた。

 そのころエウロペ港の桟橋では、桐生が秘書シリウスを連れて釣り糸を垂らしていた。
彼は大の釣り好きであった。よく西成時代も堺や岸和田の方面まで釣りに行っていた。
 波間に見え隠れする蛍光浮きを見つめながら彼はつぶやいた。
 「自殺する子供たちを放置する文部省に、天下りでゼネコンから賄賂を貰うしか能のない建設省、エイズになる危険性をもった血液精剤を簡単に許可する厚生省、不正融資を黙認する大蔵省、いいかげんな原子力発電所を放置した科学技術丁、『住専』に巨額な金をまわした農林水産省か・・・いったいなんやったんやあの国は・・・」
 「ねえ、さっきから引いていますわよ。」桐生の秘書のシリウスが言った。
 「オッ!ほんまや、今度はでかいで。」あわてて桐生はリールを巻き上げた。

・    一ヵ月後     ・

 「ヒペリオンに来て約3ヵ月か、そろそろええかな、ええかげん大石蔵之助やるのも疲れるわ。」本間は暗号で全員に謀反の実行を伝えた。
 当然彼らの能力上、9名が働いている場所は全部ヒペリオンの中枢施設ばかりである。つまりここを押さえればこの国の機能は一瞬でマヒするのである。
 本間はまず陸軍の機能を止める動きをした。
 首都近郊の山腹にある、弾薬工場と、港近郊の弾薬倉庫に、遠隔装置のついたプラスチック爆弾をしかけたのである。
 あとは戦車が使う軽油タンクにめいっぱい砂糖を投げ込んだ。
 本間にとっては朝飯前の仕事であった。
 森は、海軍を担当した。
 イージス艦の旗艦である「ガニメデ」の中央コンピュータ室に忍びこみ東野が開発した新しいコンピュータウイルスをインプットしてまわった。
 ほとんどが電子制御の艦隊なのでその根源を狙ったのだ。
 これでしばらくはこの艦隊の足が止まる。
 桐生は原子力発電所にプラスチック爆弾をしかけたがなにぶん素人であったのでかなり困難な作業であった。
 ただ科学者の倫理から、あくまでも原子炉の直撃はさけてまわりの構造物のみとしたが、それでも原子炉本体にもしかけてあると思わすには十分であった。
      前島は国立中央病院の電源室と燃料室に音響弾をしかけた。
 あくまでも音だけで爆発はしないものであったが、一時的には病院内はパニックにおちいる。
 谷は大蔵省と国立銀行の金庫室に時限爆弾を設置した。
 相原はウラノス駅とビーナス大橋にそれぞれプラスチック爆弾の設置に成功した。
 北川は海底油田のプラットホームに4発の爆弾を仕掛けた。
 あとは、実行を待つばかりである。
 夜7時
 突然「ドーン」という轟音とともにウラノス駅が爆破された。停車していた機関車は脱線し待ち合わせの乗客たちにかなりの死傷者がでた。
 次に国立病院にしかけてあった音響弾が破裂した。病院内はパニックに陥り、逃げまどう人でごったがえした。
 あらかじめ軍の施設に集結していた9名は無線で犯行声明を官邸に発した。
 「フェーペか!聞こえるか!本間だ、この国のすべての要所は押さえた、現に駅を爆破したことで冗談でない事はおわかりであろうと思う。われわれの身柄の開放と200人の仲間の釈放を要求する。」
 「ミスター本間、またですか、せっかく信用して仕事を任せられると思っていたのに。残念だがご要望の200人はホテルにはすでにいない。」
 「なんやと!じゃあどこだ?」
 「みなさんが爆薬を仕掛けた各施設の中にそれぞれ分けて監禁してあります。すでに犠牲になられた方もいるでしょう。今の駅にも30名ほど配置しておりました。かわいそうに、お悔やみ申し上げます」
   「なに!なんでそれぞれの場所がわかったんや?どうせでたらめやろ!」
 「さあ、それ言うと困る人がいるんじゃあないですか?」
 「なんやと!」
 「キャラキャラキャラ」と戦車部隊が、本間らのいる施設の前に集結した。
 戦車は砂糖漬けにされて動けないはずだったにもかかわらず、目の前に並んだ。
 「くそ!」本間はプラスチック爆弾のスイッチを入れた。
 なにも反応がなかった。
 「またギブアップか・・・」
 「みなさんはわれわれの好意を2度も裏切った、今度はしっかりした見張りをつけさせていただきますので悪しからず」
 戦車からスピーカーを通じての命令があった。
 「全員おとなしく両手を頭の上に乗せて出て来なさい。」
 「やっぱりムダだったんだ、よせばよかったのに・・・」と北川
 全員の北川を見る目は明らかに変化していた
 「おい!坊主!おまえは30人の命を売ったんだぞ!恥ずかしないんか?」と前島
 「ぼくは情報は漏らしてません、現にこうしてみんなと一緒に捕まっているじゃあないですか。」
 「どうだか・・・」と森
 「もうあきらめて、やつらの言うとおりにしようや」富士がはきすてるように言った
 手錠をかけられて全員が月明かりの中、ジープで連行された。
 行き先は陸軍捕虜収容所であった。

                                 続く....



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