みなさんを証券会社の舞台裏にご案内します-No.5


  21億  親の生き死により達成率

5月25日  午後7時
 「営業課長、投信どうだ?少しはつまったか?」
 「支店長、実はちょっと私用で抜けたいんですが」
 「なんだと、ふざけるなよ!理由はなんだ?」
 「実は妻の母親が昼すぎに死にまして、下で妻が待っているんです・・・」
 「バカヤローそれがどうしたんだ、出ていくなら数字出してからにしろよ、それぐらいの事はわかるだろ!」


   筆者がこの業界をやめる決意をした最初の光景である。
 崇高な人間の命を前にしてもなお支店の数字を追求する支店長。
 それに服従せざるをえない、営業課長。
 彼は自分の義理の親の死を昼すぎにすでに聞きながら、七時までもくもくと株の仕切りもこなし、オープン投資信託もこなしていたのである、そしてさすがに最後のクローズド投資信託のつめの時にたまらず告白したのであろう。
 その間、何回か奥さんから逼迫した電話があった理由がやっと全員に理解できた
結果は鼻であしらわれて、とにかく仕事をしてからだという論法。
 この時われわれ課員全員がこの会話を耳にして「バカヤロー」の次の言葉は「そんな大切な事はもっと早く言え!」の聞き間違いかと耳を疑ったのであった。
 そうでないとわかって「なんとか一分でも早く課長を開放してやろう。」という気持ちになり、それこそ全員一丸となって投資信託の募集に初めて真剣に取り組んだ事をおぼえている。
 そのかいあって残り6000万円を一時間あまりで消化したのである。
 終わってから営業課長が「みんなありがとう」と言って出ていったた時、充実感といいようのない虚無感が支店内を包んだ。
 この話はすぐに他の支店にも伝わり、今だに伝説として伝わっている話である。
  人間というものは自分が想定した限界以上の言葉にはすぐに反応できないものである。
 この時に居合わせた営業マン全員が「バカヤロー」の単語に自分の耳を疑った。
 今、目の前で起こっている事がはたして現実なのかどうかの判断に苦しんだのである。
 直後に課長代理が全員を集めて「みんな聞いてのとおりだ、しんどいのはわかるが、乾燥したタオルから水を絞りだすようにして、100万ずつでも積み上げて課長を開放してやろうや」という言葉が今でも耳に残っている。


 22億  支店数が物言う仕切り玉

5月26日  午後3時
 「課長、本店株式部から電話です」
 「おう、どうした」
 「デイーラーで住友鉱山500万株とってます。何とか営業体で消化お願いします。またいい玉まわしますから。」
 「いったいうちで、いくらやらねばならんのですか」
 「100店舗ですから1店舗あたり5万株で結構ですのでよろしく!」


 「仕切り」という単語自体もう読者自身もよく理解していただいてるとは思うが、ここでもう一度整理しておこう。
 「仕切り」とはあくまでもその担当者の相場感で「上がるであろう」と思わしい株を相当単位数で寄付きか昼一番で買い付け、思惑に反して下がってしまった迷惑この上ない株の固まりの事である。
 ここで大事な事はあくまでも時価よりもウンと高い値段で買ってしまっているという事である。
 つまり何も今買わなくても明日買えばゆっくり安いところで拾えるという事である。
 それが本店株式部で何百万単位、支店で百万単位、それぞれの課で何十万株単位で一度にやるわけであるので、時々本当の顧客の需要だけでの売買であれば一日の株式出来高というものは一体いくらあるのかと考えたことがある。おそらく実需だけであれば五分の一くらいではあるまいか。
 いずれにしても、そんなリスクはわかっていても「仕切り」をやるメリットは二つあって一つは、もし思ったように買った株が上がって上の指し値で売れた場合いわゆる「即転玉」が出来上がり、迷惑をかけた客などにお詫びとして持っていけるし新規開拓用にも使えるからであり、もう一つはそれによって手数料の読みが確定できるからである。
 もっともよっぽどすべての株が上がり続ける相場か、担当者の相場感がピッタリあたるかしなければ、その目論み自体が一転してやっかいな玉になるわけであるので、よほどの相場感と自信とクソ度胸が必要となってくる。
 いくらその担当者にクソ度胸があっても、最悪の場合の事を想定する必要があるわけでその根拠として証券会社自体の支店数がものを言うわけである。
 つまり100の支店があれば安心して百万株単位で仕切れる自信があるのである、最悪はこのケースのように何万株単位でバラしてはめこめばいいだけであるから。
 大手証券の強みはこの支店数の裏付けである。
 「なんぼなんでも、仕切りは一日最高6回までやなあ、体がもたんわ・・・」と言っていたクソ度胸の固まりのような営業課長が実際に存在していた。


23億  「できません」と言わせないカースト制度

5月27日  午後5時
 「藤原、どうした元気ないぞ!」
 「課長ちょっと折り入って話があるんです」
 「何だどうしたんだ?」
 「投資信託3000万出してますが実は全部旗なんです。」
 「なんだと!どうするんだ、もう読んでいるんだぞ、自分の身内か友達にでも泣きついてでも頼み込めよ、冗談じゃないぞ、みんなが迷惑するんだぞ!」


前述の「旗を降ろす」瞬間のやりとりである
男として一番恥ずかしい瞬間である
 ここまで読者が読まれてきてたぶん不思議に感じるだろうなと思う事は「なぜすべての証券マンは無茶な上司の命令にもこうも従順にしたがうのか、いやだったら自分でいやと言えばいいのに・・・」と。
 もちろんほとんどの証券マンは最終学府を卒業しているエリートが多いので自己判断能力は人並み以上のものがあるはずである。
 にもかかわらず何故あのような殺戮のメカニズムと知っててもそれに従っていたのかは、今思うと、ひとえに彼らの置かれている狂った環境のせいである。
 よくベトナム戦争をモチーフにした映画を見るが、まさにあの最前線の様子に酷似している。
 つまり兵隊たちもまた、まともな倫理観があったにもかかわらず、目の前の敵を殺す命令を受け、なおかつまわりの戦友たちがどんどん敵を殺す現場に遭遇すれば自分も「殺さなければ」という妙なプレッシャーがかかるのと全く同じ原理である。
 そしてもっと恐いことには一回「殺せる」となるとそれはもう過去の事となり、半分中毒現象みたいなものとなって何度も何度もくり返すのである
 それでもよほど、やっている事の無意味さと反社会的さを押して抗議する者もいたが、それはベトナム戦争で一兵卒が、戦争そのものの無意味さを批判してるのと同じ事で全く相手にされないばかりか、営業職からはずされて総務部預かりとなってしまう。
 会社内の表現で「営業職は武士、それ以外は百姓」というのがあり、「男であれば百姓には絶対なるな」という不文律が存在していた。
 これは証券会社というよりむしろ旧態前とした「カブ屋」時代の発想のなごりである。
 もっとも筆者が在席していた頃はこの「カブ屋」から「証券会社」への移行期であり採用される側の新人自体ももっとクールな人種が入ってきたことも助けてむしろどんどん総務部へ所属変えを希望するケースがふえたそうである。
「別に百姓でもいいや、関係ないよ」というところであろうか。
 あっぱれ、あっぱれ。


24億  客の自宅前での郵便カット

5月28日  午前9時
 「あれ、大久保先輩は今日は休みですか?」
 「ああ、あいつは例の商いの売買報告書が顧客のもとに届くのが今日あたりなので自宅前待機をやっているんだ。」
 「最終作戦ですね、たいへんですねえ・・・」


 証券マンは探偵みたいな事もやる。
 もっとも本人はやりたくてやっているわはないのだが。
 証券会社のシステムの一つとして、「売買報告書」というものがある。
 これは顧客が株式の取引を行なったあと4日目の決済の間に顧客の元に売買の確認をするために東京の本社から発送されるもので、この報告書に不服があれば申し立てできるものである。
 当然普通の取引をしている分には、全く問題ないシステムであるが、こと、無許可で株の売買をやったともなると、タダではすまない事になる。
 つまり例の「仕切り玉」を無許可ではめこんだ客に対してはこの報告書は証券マンにとっては顧客に届いてもらっては困るのである。
 大久保先輩はその事を見越してこの日に届くであろうと思う日に朝から郵便配達員がくるのを待ち構えて郵便受けに入れる前にインターセプトするのである。
 たいがいは、売買の2日目に届くパターンが多かった。
 最悪インターセプトできなかった時の防護策も用意しており、なんと女子社員の責任にしてしまう。
 つまり、客から「全く知らない売買だ!」といわれても、「すいません、うちの女の子が顧客コードを間違って入力したみたいでご迷惑おかけいたしました。
 すぐに売って損益を計算してもし損であればそのぶん新発物でもお渡しして穴をうめますのでどうか勘弁してやって下さい」と説明してから、実際に女子社員に電話させて謝らせる。
 謝り専門の女子社員がいたぐらいである。
 もっともそういう係があるのではなく、営業マンに頼まれれば断れないタイプの子であった。


25億  大蔵監査前の印鑑かくし

5月31日  午後5時  「全員集合!明日大蔵の監査が入るらしい、みんな机の中の客の印鑑、預り証などグレーな物は全部自宅に持って帰るように」


 証券会社に「監査」と名のつくものがはいるのは全部で、3種類ある。
 1 大蔵省監査  ・・・年に約1回位で不定期ではあるがなぜか事前にわかる
 2 国税局監査  ・・・いわゆる「マルサ」で当然事前にはわからない
 3 自社部店監査 ・・・年2回あって社内なので事前にわかる  そもそも「監査」とは何であろうか。
 ルールを無視した取り引きや、不正に証明書類が使われていないかどうか、顧客との入金、出金のチェック、あるいは印鑑等の不正な預かりがないか否かを調べるためである。
 そのため彼らは7〜8人で朝一番からやってくる。
 いったん来た以上は結構厳しい。
 入って来た瞬間に「はい!皆さん、電話をおいて下さいそしてしばらく机から離れていて下さい。」の声で調べがスタートする。
 不幸にも事情の知らない新人がたまたま入違いに営業に出掛けようとすると、「はい!ストップです。営業カバンの中身を見せて下さい」と全部チェックされていた事がある。
 もっとも新人であるので重要な問題の中身は入っておらず、一時間位で無罪放免となったが、鞄の中からエッチな本が出てきて別の意味で市民権を失った。
 監査そのものの仕事としては決して侮れなかったが、前日に来るのがわかってしまう点が今だに納得できない。
 おそらく本店の内部にもと大蔵のOBか何かがいて、情報をリークしているのであろう。
 いずれにしても我々は事前にややこしい物の疎開が完了しているものであるから大船に乗った気持ちで調べを受けられた。ただ「逆に全く怪しい物が一つも出ないのが怪しい」と言われた年があったが、はたして本音で言ったものかどうか、そっちこそ「怪しい」と思ったものである。
 いずれにしても「狐と狸の化かし合い」で常になにもトラブルはなかったように記憶している。
 国税監査はこのようにはいかないらしい。
 事前にわからないので、裸で調査されるはずであるから、トラブルの宝庫であろう。
 筆者の所属していた支店は国税監査の経験は無いのでコメントは控える。
 自社部店監査はもう本当に形式だけの物で、本店の監査部の人間が来て一応、形だけの事はやりましたよという程度のものであった。


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