みなさんを証券会社の舞台裏にご案内します-No.7


  31億  驚異のマイデイーラー

6月7日 午後4時
 「どうした、藤原真剣な顔して」
 「ああ先輩、いけると思って買った若築建設、全然上がらんのですわ」
 「そんな事しょっちゅうやないか」
 「ええ、でもこれはマイデイーラーで買った分ですから、痛いんですわ」
 「アホやな、自分の株の時はもっと慎重によう考えてからやらんかい」
 「先輩、取り返しの何かいい銘柄ないですか?」


   マイデイーラーというのは、もう、うすうすお分りであろうと思うが、証券マンの自分の口座のことである。
 証券マンにも二とおりのタイプがいて、客には後先考えずにいろんな株をはめこむクセに自分の口座には中国ファンドしか買ってないやつと、ほほえましいのが全く客にすすめる株と一緒の銘柄を買ってるやつ。
 だいたい同じ支店の人間の口座番号はよく知っているので、コンピューターでその番号をたたくとすぐに誰だれは何を買っているのかが分かってしまうのだ。
 よくみんなで見て笑ったのが支店長の口座と営業課長の口座である、けっこう数少ない楽しみの一つであった。人には「やれ投資信託買わせろ」、「株にしてしまえ」といっている張本人が中国ファンドがン千万あったりすると他の社員を呼んでみんなで指差して大笑いしたものである。
 マイデイーラーの制限として、証券マンは一度買ったら、三ヵ月間は売れないという点である。
 つまり、買った次の日によしんば急騰してもジッと指をくわえてながめているだけで売れない。だから仕手ッポイ銘柄はなかなかやらない。
 やる場合は証券会社に勤めていない友人の名義で口座を作り、印鑑も預かって、頻繁に売ったり買ったりする。これを「準マイデイーラー」と呼ぶ。やけに真剣にボードを見ていきなり大声で「よっしゃあ、ミドリ十字!60円!!」とか叫んでいる手合いはだいたいこのパターンである。
 いいかげんなもので、客が何百万も大損してもシレッと「大丈夫ですよまた取り返したらいいじゃないですか、今度はこの株いきましょうよ」と言ってた同じ人間が自分の事になるとシュンとしてやたら元気がない。ちょっとは人の身になれよと言いたい。
 一番許せない奴の話をしよう。これは言語道断である。こいつは、自分のまかされ客の名前で上がりそうなワラントを朝しこむ。それが、引けにかけて下がっていたら、そのままにしておく。しかし一旦上がってきだすと、利が乗った段階でコード変更をして自分の準マイデーラーにいれてしまうのだ。
 つまりこの口座に入っている銘柄は絶対損をしない(どころかすでに利が乗っている)銘柄ばかりが集中している。このような不正が行なわれていないかどうかのチェックが、前出の支店監査である。つまり儲かりすぎている、おかしな口座がないかどうかを調べるのである。
 案の定こいつのこの口座は、チェックが入りえんえんと事情徴取が行なわれたのである。
 そののち彼が支店内で市民権を得る事はなかった・・・・


 32億  北京ダッグ養鶏所

6月10日 午後7時
 「よーし全員集合、今日はなんとしても投資信託を終わらせよう。食堂に頑張るために天丼を取ってあるので、みんなで食べて来い、15分で戻ってこいよ。そしてその後元気を出して客に電話だ!いいな!!」
 「わかりました!!」


 天丼とは本来うまい食物であるはずだが、この時の天丼はまったく味もそっけもなかった。
 ただ物理的に、ドンブリの中のものを胃袋に運ぶ作業を繰り返すだけである。  しかも十五分の時間制限つきとくるから、みんなもくもくと食べてるだけでそこには、食事中特有の微笑ましい会話もなければ、世間話もない。ただカチャカチャと食べる音とお茶を飲む音だけが虚しく食堂に響き、たまに話すとしたら「おい、お前んとこの課はあといくら残っている?」「ほとんど旗です」とか、泣きたくなるような会話のみ。
 刑務所の囚人でも、もっと人間味のある食事タイムが与えられているのではないかと思った。まさに「北京ダック」と同じである。
 だいたい証券マンは早飯が多い、相場という足枷があるために筆者も在籍中、まともにゆっくりと昼飯を食べた記憶がまるでない。
 食事の話が出たついでに、ある年配の課長がいて常々「今の若いヤツはなっとらん!かならず昼飯を食べたがる。オレ等の年代の証券マンはいつも昼飯抜きでやらされていたんだぞ!」と言うのが口癖で「その証拠にオレが食堂で昼飯喰っているのを見た事ないだろう」と豪語していた、たしかにそう言われてみれば見たことがなかった。
 人間性はともかく半分だけその意気込みだけは尊敬しようとおもっていた矢先の昼、会社の近所の喫茶店でサボッていた時になんとその課長が焼きソバ定食を食べているのを目撃してしまったのである。目があった時に課長の一言「さすがのわしも腹が減っては戦ができんからなあ・・・」
 「ハイハイ」


33億  公衆便所

6月11日  午後2時
 「株もできてない、転換社債もだめ、ワラントはワシの客注だ、なんなんだよこれは?おまえら全員給料ドロボウだ!やめてしまえ!今から手数料の足らない分の玉をひくから営業課長中心にみんなでつめろ!ワシは外出するからな、わかったな!」
 「はい!!わかりました、みんながんばろう。」


 わたしが、地球上で一番生まれ変わりたくないものは次に出てくる「公衆便所」である。
 この支店長と営業課長のやりとりを横で聞きながら、全営業マンの頭の中に浮かんでくる客達の事である。
 たいてい「困った時の〜社長」とか「まさかのための〜先生」とかニックネームがついていることで、その存在の大切さがうかがえる。
 今の状態は、もう頼みの支店長が外出するために自分らで仕切り玉を全部消化しなければならないという、史上最悪のシチュエーションである。よって虎の子の「公衆便所」の登場となる。なぜ「公衆便所」かというと、どんなものでも平気でどんどんぶちこめるからである。そこには、めんどう臭いワラントの説明もいらないし、為替の説明もいらない相場の説明もいらない、まさに桃源郷のような世界がひろがっているのである。
 だいたい「困った時の〜社長」とかよばれる人たちに限って悪い人はいない。
どころか、人間的に非常に温厚な人格者ばかりであったと思う
 どんなに遅く電話しても「おう、おそい時間まで熱心やなあワシの若い頃にそっくりや!」とか「証券マンはセブンイレブンというが本当だなあ」とか、とにかく対応がやさしいのである。
 まさか自分たちが「公衆便所」と呼ばれているとは知らないので、本当に気の毒でならない。  もっとましなネーミングを考えてやってもよさそうなものだ。
 余談ではあるが支店で年末のパーティや相場説明会などの顧客を呼んでやるイベントの立食会の時、たいていこちらが何も指示しないのに「公衆便所」の客たちは一ヶ所に集まって食事をしていたのを思い出す。
 例の「なんとか社長」と「なんとか先生」が中睦まじく歓談して酒を酌み交わしている姿を見ると思わず目頭が熱くなったものである。
 何かお互いに目にみえない周波数を出しあっているのであろうか、つねに一固まりになっていた。
 まあいずれにせよこの場合の結末としては全部彼らの元に何の連絡もなく、迷惑な株が吸い込まれていってしまってこの日はめでたく帰れる事になる。


34億  争奪戦 即転玉

6月12日  午前10時
 「富士通ゼネラル995円!6円!7円!よーし売れた!!即転!」
 「え、即転できたんですか?」
 「ああ、3000万で、15万くらい儲けや。」
 「下さい!」
 「わたしも下さい約束してた客があるんです。」
 「わたしも下さい新規客で使いますから!」
 「よし、今日一番手数料頑張ったやつにやるから、がんばれ!!」


 きわめて稀はであるが支店内が非常に盛り上がるケースである。
 となりの課からも「くれ」「くれ」コールの大合唱が始まる。
 つまり例の「即転」が出来たわけであるので、ノーリスクで3000万を3日後に支払えば4日後にはノーリスクで3015万で戻ってくる大変結構な商品の完成である。
 一日で15万儲かるということは年利に換算すれば大変な数字になる。
 当然全員参加型での「くれ」「くれ」コールになるのはご理解していただけると思う。それを獲得する事により、3000万円分の売り買い往復の手数料が入るは、客には喜ばれるはで真剣になるのも無理はない。
 ただ扱う金額が大きい事と、ある程度の説明を要するので、後述の新発の転換社債みたいに、コンパクトには注文がとれない。
 それによくよく客の立場から冷静になって考えてみると、たしかに年利に換算すれば大きいが動かした金額の割りに利幅が小さいと感じる。
 もっとも、法人客であれば1円も現金を払わなくても「即転玉」を手にする抜け道があるにはある。たとえ金額が何十億円であろうともこの方法は関係ない。
 そのカラクリとは現金があろうと無かろうと3日目に小切手で入金してもらうのである、翌日の4日目には、証券会社から利がのった分が振込んでくるのでその金で昨日発行した小切手を決済してしまう方法である。
 一日のタイムラグをうまく利用した方法で、大きな金額を動かしている法人にとっては、小切手を切るだけでタダで利益だけがいただけるシステムであった。


35億  続争奪戦 新発物

6月15日  午後4時
 「おーい!転換社債部からの連絡で新発の全日空のCBが手に入ったぞ、課で1000万ずつの配分だ、特に新規顧客開拓用に使え!」
 「500万下さい!」
 「わたしも500万下さい!」
 「わたしは1000万全部ほしいです!何とかしてください!!」


 今は相場が下火なのでおそらく想像もつかないであろうが、当時は例えば3回の三菱重工の転換社債を新発で買って、2週間後の寄付きで売ったら204円で売れたのである。
 つまり、100万円がわずか2週間後に倍の204万円となったのである。
 その後の全日空も170円で寄り付いたので、「新発CB神話」なるものが横行し、客の中にはこれだけを取りたいがためにいろんな証券会社に口座を作って100万ずつ入金していたのもいた。
 当然客がそんな状態で欲しがる商品だけに、当の営業マンが欲しがらないはずはない。特にいつも迷惑かけている顧客を多数かかえているやつは、なんとしてでもこれを取ろうと必死になっている。
 ただ支店としては、相場で迷惑かけた客より新規で口座を作ってくれる客にたいしての戦略商品と考えていた。
 支店では「新規客を月間何件つくれ」というノルマもあったからである。
 先の「即転玉」と違ってン千万もいらないわけであるからかなり、新規の人にでも勧めやすかった事は事実であるが、中には「食い逃げ」といって、新発の転換社債だけを買って、後は一切株も何もしない客がいたものである。
 これを「新規に使います」と偽って、親戚縁者に配りまくっていたやからがいて、話題騒然となった。ただこいつのうまい所は、本当にそれに見合う分の新規客を取ってきていたことである。
 まあ、できる営業マンの役得といったところか・・・。


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