36億 ストーリーと相場
6月16日 午後2時 昭和61年・・・トリプルメリット 62年・・・ウオーターフロント 63年・・・キャピタルロード 平成 元年・・・リストラクチャリング これらは、その年々の株式相場を盛り上げるテーマであった。 そのテーマに沿ってさまざまなストーリーが各証券会社でつくられ銘柄がきまり、顧客に買わすのである。 まず昭和61年の、「トリプルメリット」とは文字どおり3つのメリットすなわち(円高、金利安、原油安)の事をさす。この3つの恩恵に預かっている企業群を「さあ!買いましょう」といくわけである。個別銘柄として、電力、ガス(材料である原油、ガスが安い)、総合商社(銀行の借り入れ残が大きいので金利安がメリット)、流通企業(円高のため、海外の商品が安く手に入る)となる。 昭和61年4月1日、日経ダウは初めて2万円になった。ここから狂騒曲の幕が上がることになる。 昭和62年の、「ウオーターフロント」とは、東京湾沿いに広大な土地を持つ企業群をさす。東京駅から西へ向くより東を向いたほうが近くにいい土地がたくさんあるじゃないかという発想である。 具体的には東芝、日本鋼管、小野田セメント、東京ガスなどである。 昭和63年の「キャピタルロード」、とは前年のウオーターフロントによって東京から千葉にかけてのいわゆる京成電鉄沿線の土地を持つ企業をさす。具体的には、京成電鉄、三井不動産、千葉銀行などである。 平成元年の「リストラクチャリング」は、大規模の企業のリストラを敢行してスリムになった結果、経常利益がアップした企業群のこと。 具体的には新日鉄、NTTなどである。 総じてストーリーに沿って複数の株を勧める場合、どうしても大人数が参加するために銘柄はおのずと、発行株式数の多い大型株になってくる。 「社長、ゴルフ好きでしたよね、一番アイアンから六番アイアンまで100万株ずつ揃えましょう!」などとよく電話したものである。 ここでいう一番アイアンとは新日鉄のことで二番がなくて(元の富士製鉄)、三番が川崎製鉄、四番が日本鋼管(現在のNKK)5番が住友金属、六番が神戸製鋼である。 「まるほど、シャレた注文やなあ、それいっとこうか。」 そんなファンキーな注文がとれる相場は二度と来ないであろう・・・
37億 逃げだす準備の3時5分
6月20日 午後3時5分 かわいそうに藤原君もう一歩で守備よく逃げられたものの・・・ だいたい証券マンは、今日「ヤバイな」と判断すれば即、保全行為すなわち3時の大引けと同時に客先に疎開する準備をする。 客先とはある意味では「聖域」であり、もし本当に客がきてほしいといっているのであれば、いかに営業課長であろうとも手がだせない、つまり治外法権な場所であった。 もっともこの場合のようにウソであれば電話されてしまうと一発でバレてしまうから、瞬間に藤原君のように降参するのである。 まわりの同僚たちの目もなかなかシビアであって、「自分だけうまく逃げだそうったってそうはいくか」てなものである。 なにせ今からつらい儀式が始まるがわかっているだけに生け贄は一人でも多いほうが助かるのである。 同じかまのメシを喰ってるわりに、妙に冷たい構造である。 3時直前に営業カバンにパンフレットやチャートブックを出入しているのはたいていこのパターンをねらっている人間である。すると、先輩連中が「何やおまえ発進準備か?」と質問するのである、「今日はよほどウマくやらんと、発進できへんで」とアドバイスしてくれる心優しい先輩もいたものだ。新人は「いてもいなくても、戦力にはならない」という判断である。 筆者の場合は事前に客に連絡をとってSOSを伝えておき、わざと営業課長に電話させて「すぐに行ってこい」と逆に言わしめる高等作戦を常にとっていた。 いつの時代でも頭は使いようである
38億 騙しあい、管理職と営業マン
6月21日 午後1時 意識して騙すつもりはないのであろうが結果としてそうなればみんなが疑心暗鬼になってくるものである、テクニックとしてよくやられたのは、「石川島に外人の買いがはいっている、自分で確認した、まちがいない」というトークでこの場合全然上がらなかったので問いつめると別の支店に口座をもっていた有名なタレントでもある外人歌手のAさんがこの株をわずか5000株買っただけの情報であった。 うーん、たしかに「外人の買い」だわなあ・・・ 後、多いには「〜証券のH株式部長の極秘情報だ」といってしかけて来る場合。 だいたい「絶対口外するなよ!」とバカでかい声で説明する極秘情報なんてありえないものである。 この「集合!」が、かかった時の雰囲気はちょうど競馬場のコーチ屋が大きな声で自分の予想をわめいているシーンを想像していただければよい。 それでも一歩譲って、3回に1回でも当たればよいが、まずこのような形でだされた情報で当たった試しがない。 要は彼らもまたその情報元にだまされているからである。 つまり大きな株数をかかえて、上の値段で売り抜けたい客がいればそれに見合っただけの買い株数を揃える必要がある。そこで「〜が買ってる」、とか「〜の極秘情報」だとか言って買わせる寸法である。 株の相場は水物であるので当たった、当たらないは仕方ないものとしても、情報さえしっかり取っておけば、しないですんだ損は避けられるはずである。 にもかかわらず、自らそのニセ情報に突進していき、あまつさえ自分の部下にも買わせるような事をしているといくら上司とはいえ疑いの目で見られざるを得ない。 そこらへんがよくわかっていないので連日あいも変わらず大きな声をだすハメになるのであった。 この営業課長、いつも昼食時は食堂で一人ポツンと離れた場所で喰っていたのを憶えている。 39億 続騙しあい、営業マンと営業マン
6月22日 午後2時 営業マンどうしの電話のやりとりである。 これは二とおりある。ひとつは仲間であるから本当にいい情報を、与えたいが悲しいかなガセの場合。 二つめは自分が買ったあとから大きく買ってもらって株価をあげてくれたらなあというほのかな期待を抱く場合。 結構、証券マンどうしも頻繁に情報のやりとりをしていて、会社の専用回線で他の支店に簡単に連絡ができるようになっている。 だいたいは相場の途中に他支店の同期の連中と話をする事が多い。 なぜ相場の途中が多いかといえば、スピーカーからの雑音が大きくてまわりに、なにを喋っているかが悟られにくいからである。 前出の営業課長があまりにも、相場をはずす場合は他の支店では何の銘柄を今、買っているかむしょうに気になるものである。 ただむこうはむこうで相場のドへたな課長がいるのでお互い全く同じ条件となる。するとサッサと見限って自分たちでネタを探す。 多くの場合は自分の顧客からの情報が一番安心できるという理由から、大手の株の売買している客を担当している営業マンに電話が殺到する。 「おまえんとこの例の大手客、今何買ってるんや」とか「うちの推奨銘柄、例の客は買ったんか買ってないんか」とか、とにかくその情報の信憑性を顧客の売買によって判断しようというわけなので、客からすれば、ていのいい「リトマス紙」扱いされている気分であろう。 要はだれがなんと言っても、客は自分でリスクを負って買うわけであるから一番情報源としては信憑性が高いのである。 悲しいかな「言うだけ」で自分では決して「買わない」支店長や課長の言葉は全く判断材料にはならない。 その中でSという伝説中の顧客がいた。 この顧客が「買う」ということはよっぽどの材料があるはずだという判断である。逆に、いくらいい情報があってもこのSが買ってない時は、絶対われわれも乗らなかったほどである。 よく相場でいう「当たり屋につけ」というやつである。 あと各証券マンの溜り場になっていた「D」という雀荘があって、筆者もときどき参戦していた。 四人とも4大証券の営業マンという場面もあってよく「今期の4大証券の経常利益を賭けてやりますか」、などとバカな事を言っては囲んだものである。 マンガンをふると「ハイ、大和証券さん、8000億円の特別損失です!」と手を倒すのである。 この場の情報はかなり角度が高かった。 各自自分の会社の威信をかけての情報であったため結構ガセはなかったように記憶している。 「以外と4社の社長連中も同じように囲んでいたりして・・・」とよく思ったものである。 40億 暴力、傷害なんでもありの支店内
6月25日 午後6時 この後、支店長室で「パンッ」と乾燥した音がしたのちに何かが倒れる音がした。 営業課長がほっぺたをハンカチで押さえながらデスクに帰ってきた。口からは血が出ていたのを憶えている。 「みんな、ガンバッて支店長に言ったんだが、このとおりだ。しかし殴るなんてひどいよなあ、これが現実だから、馬力だして早くつめよう!」 この時も結構ぐっとくるものがあった。 全員が今からの楽しい旅行の事など、いっぺんに頭の中から吹き飛んでしまった。 まあ、ある程度は「叱られるな」という予測はしていたが、まさか営業課長がそのトバッチリで殴られるとはだれも予想していなかった。 ましてその理由が自分の部下の快楽のためであったのでなおの事である。 「課長、どうするんですか?訴えるんだったら証人になりますよ」という課長代理の言葉に「いや、数字さえできていたらこんなことはなかったハズだ。支店長もなにも殴りたくて殴ったわけじゃないないから、見なかったことにしてくれ。そして前向きに数字つめようじゃないか。」 一斉に全員が電話しだした、客に今見たことをそのまま告げると「なんという会社や!そんな会社はよやめてウチに来なさい」といわれたが、一応みんなの気合いが通じてか注文はだいぶ取れた。旅行の幹事の人間にひっきりなしにバスの係から電話があった。「もう7時過ぎてますよ、早く来てもらわなければスケジュールが狂ってしまいます、一体何をやっているんですか?」などとこちらの血みどろの修羅場の事も知らずに悠長なものである。 この時の全員の気持ちは旅行のことなどまるで頭になく、「ただ早く数字をつくってこの現実から逃避したい」一念であったと思う。 結果は30分ばかりで支店のノルマはクリアしてみんなバスに乗りこみはしたものの何か釈然としない雰囲気で旅行に出発したのであった。 |
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