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■志賀フリーク高橋 |
■1999年12月08日 水曜日 03時06分00秒 |
ちゃんとその話も聞きました。真実はもっとお寒い話でした。零戦21型に装備された、恵式20mm99式1型1号銃(だったと思う)の弾倉は、満載にしても僅か60発しか積めません。しかも中国戦線での実用試験の結果、満載すると弾詰まりを起こすこと屡々で、以降一門に付きなんと! 45発装備が標準だったのだそうです。ふかちゃんの御指摘通り、零戦の20mm機銃は、余程のベテランでない限り、一撃で空になってしまう。それが現実だったのです。 私は何かの本(丸だったと思う)で、真珠湾攻撃時、当時の最新秘密兵器であった零戦とこの20mm機銃には、弾丸の製造が間に合わず、止むを得ず全体で一門に付き、50発ずつしか割り当てられなかった、という記事を読んだ事が有ったので、この話を志賀さんに確認しようとした処、逆に志賀さんから「高橋さん! 何故ご存知なんですか。これは当時の海軍の、超極秘事項だった筈なんですよ!」と驚かれてしまいました。 50発でもそれ以前より多く積んでいた、と言う事実は、私も初耳で、こちらも驚いてしまいました。 従ってもし、第二次攻撃が有ったとしても、また、機動部隊が敵の空襲を受けたとしても、制空隊及び直俺隊の零戦の20mm弾倉は、空のまま出撃せねばならなかった、と言う事になる訳です。 それから浅沈度魚雷は僅か40本しか制作が間に合わず、第一及び第二航空戦隊にしか支給されなかったんですよね。大昔、97艦攻のプラモを作った事が有りますが、その箱の絵が瑞鶴搭載機が真珠湾で雷撃しようとしている物でしたが、ありゃ嘘だった訳だ・・・ 80番徹甲爆弾は長門型戦艦の主砲弾を突貫作業で改造した物ですが、生産は正に綱渡り、加賀が一度全て積み込み、一人遅れて単冠湾に入港。そこで各艦に分配したのですが、なんと志賀さんは、何故加賀が遅れて単冠湾に入港したのかをご存知有りませんでした! 本当にトップシークレットだったんですネー! 「高橋さんにお話を聞いて、永年の疑問が解けました。」 そう言われてしまい、思わず心の中で「イェイ!!!」と叫んでしまいました!! 落下増槽に関しては、残念乍らお話は聞いておりません。因みに、フルタンクでは無かった、と言う説が有るのですか? 私も映画「トラ!トラ!トラ!」の中で、零戦が空中戦時にも増槽を着けたままだったのが、真実か否か、聞き忘れたと思っていたので、今度お会いする機会が有れば、必ずお尋ねしておきます。
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